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京都の学生とともに44年。銀閣寺・哲学の道のそばに佇む「私設図書館」はとっておきの場所

特集 「わたしの住む街」

会いたい人と好きな場所がふえることで、今いるこの場所をもっと、好きになれるんじゃないだろうか。
「自分の住む街のことを知りたい」と思って始めたこの企画。京都の気になる人や場所を訪ねていきます。

第4回 京都の学生とともに44年。「私設図書館」を訪ねて。
(館長 田中厚生さん)

 

 
こんにちは! ライターの衣笠美春です。
梅雨が明けたと、最近のニュースで知りましたが、「今年も京都の夏が来るのか」と思うと、わくわくする気持ち半分、あの暑さにはウンザリだなと思う気持ちが半分。でもせっかくだから、楽しみたいなと思っています。

今日紹介するのは、銀閣寺・哲学の道のそばにある、「私設図書館」という場所。
日々、たくさんの学生が訪れるこの場所は、自習したり読書をするのにぴったりです。

「テストの追い込みをしなきゃいけないのに、集中できない!」
「夏休みのレポートを書かないと。でも家ではやる気がでない!」
そんなときには、私設図書館を訪れてみてはどうでしょう? とっても素敵なところですよ。
 

思い思いに過ごす、ひとりの時間。

京都、左京区。銀閣寺や哲学の道の近くにひっそりと佇む、私設図書館。

看板には、手書きで書かれた文字が並ぶ。外からは中の様子が全く見えないので、前を通り過ぎる人が「ここは何だろう?」と、不思議そうな目を向ける。

館内には、たくさんの机が並んでいる。自習室のように、机と机の間には仕切りがあり、隣が見えないようになっている。

この場所を訪れるのは、受験勉強をする高校生、レポートに励む大学生、資格勉強をする社会人、本を読むおじいちゃんなど。年齢層や目的は様々で、みんな思い思いに自分の時間を過ごしている。

私設図書館には1階と2階があり、受付で空いている好きな席を選ぶ。
席に着くと、お茶が運ばれてきて、コーヒーチケットを渡される。

「coffee or tea」
どちらかに丸をつけ、砂糖やミルクがいるなら必要な数と座席番号を記入し、チケットを受付に持っていく。
このドリンク代は入館料に含まれていて、利用代金は滞在時間によって変わる。2時間以内、250円。1日居ても650円。お財布に優しいお値段が嬉しい。

コーヒーや紅茶のおかわりは1杯120円。お茶はタダ。
優しさが染みます。

館内の所々には本棚が置いてある。本棚には、館長・田中さんの蔵書のほか、来館者から寄贈された本や漫画が並ぶ。

新聞、雑誌、最新号を含む3週間分の週刊少年ジャンプなども置いてあり、勉強の合間にと、学生に混じってサラリーマンがジャンプに読みふけっているのを見ると、心が和む。

1階の通路で、ネコを発見!

トイレ。緑色の扉が目を惹く。この扉のペイントや、お店の看板などは全て手作りなのだという。

2階の休憩室。1階の休憩室とはまた違う雰囲気。壁の絵は、田中さんの妻、園子さんが描いたもの。

 

私設図書館の始まり。

 

私設図書館が始まったのは、今から44年前の、昭和48年。
「なんとか好きな書物に囲まれて、尚且つわずかでいいから生活の糧を得られる道はないものか」
大学を卒業後、田中さんはすぐに就職する気にはなれず、どうにか自分で生きていく方法はないかと考えていた。そして思いついたのが、この私設図書館だった。大学を卒業して2年後、田中さんが24歳のときに私設図書館は始まり、それから何十年もの間、この場所に在り続けている。

館長の田中厚生さん
館長の田中厚生さん。

「この仕事はお金の面では大変なんですよ」と話す田中さん。

30歳までは私設図書館の運営だけで生活を支えてきたが、子どもが産まれ、学校に行く年にもなると、金銭的な問題が出てきた。始めは田中さんが妻とふたりで私設図書館に立っていたが、途中からは田中さんがサラリーマンとして働き、この場所は妻に任せ、アルバイトを雇うことにした。

田中さんは会社員として働き続け、定年を迎えると再び、私設図書館に戻ってきた。
今は私設図書館の仕事と自営業の仕事をしていて、主に自分たちの生活を支えているのは、自営でしている仕事なのだと言う。

私設図書館は、入館料も学生に優しい値段で、飲み物まで付いてくる。食べ物は持ち込みが許されているし、入館料以外に上乗せされる代金がない。(こんな自習室、京都では数少ないのでは?)

これでは確かに、やっていくのが大変というのも分かる。でも学生はあまりお金を持っていないから、高い利用料金を設定したら、利用できないし困ってしまう。

大変なことは多いけど、それでも辞めることなく、この場所を続けてきた田中さん。
それはどうしてなんだろう? 田中さんにその理由を尋ねてみた。
どうして、何十年もの間、私設図書館を続けていけるのだろうか。

「この仕事に対する愛着ですかね。お金儲けを一番に考えたら、最初の段階からこんな仕事ではなくて、喫茶店とかレストランとか、もうちょっとお金になるような仕事もあったと思うんですけどね。まあ敢えて、この仕事がしたいと思って。

物事というのは、1回辞めちゃうと、それで終わりですから。再開もできない。どんな仕事でもそうですけど、辞めたら終わりですからね。何とかやっていける間は続けたいと思って。

来られるかたは非常に喜んで下さるので。試験勉強をするかたやそれ以外のかたで、こういう所があるということで、ほっとするとか、ジブリの世界に飛び込んだ気がするとか、色々言ってくださるかたがいて。是非何とか続けて欲しい、というような声も聞くので。できる限りはと思ってやっています。」

学生の頃に、私設図書館に通っていた人が、後に子どもを連れてやってきたことがあったと言う。
お父さんと子ども。始めはふたりで来ていたのが次第に、その子どもがひとりで来るようになった。

そうして、親から子に受け継がれる場があるって、すごく素敵だ。
願わくばこれからも、誰かの思い出が繋がる場として、在り続けて欲しい。そう強く思う私は、私設図書館ファンのひとりです。

 

一人ひとりの物語が重なる場所。

 

私設図書館には、来館者が書き込みできるノートがある。
初めてここを訪れたときに見つけた。新聞と新聞の合間に、隠れるように挟まっていたそのノートを手に取り開くと、そこにはたくさんの「ひとりの物語」が詰まっていた。

「初めて入ったときから、私設図書館の雰囲気が好きでした」
館主の田中さんご夫妻に宛てた言葉が書き込まれていたり、送られてきた手紙が載っていたり。

「学生です。僕は頭が悪く勉強もろくにしませんが、ここにくるとすごく落ち着いた気持ちになります。ゆったりしたこの空間が大好きです。テスト頑張ります。 高3」
試験勉強の休憩中に書かれた学生のつぶやきや、「○○大学に合格してみせる!」と語る受験生の意気込み。

「わたしは今、自分が何をしたいのかよく分かりません。(中略)自分のことなのに、分からないっておかしいですよね。」
その言葉に、昔の自分を重ねた。顔も知らない誰かの声が、まるで自分のものみたいに思えた。

「静かにものを考えるのは実は完全にひとりよりも静かにものを考える同志が必要なのかもしれません。」
本当だなあ。自分がここに来る理由は、これだと思った。

私が京都に来て、ひとり暮らしを始めたばかりの頃、毎日が不安で仕方なかった。
そんなときに、私設図書館のことを知ったのだった。
「初めて、この街で自分の居られる場所を見つけられた」
ここへ来て、このノートを読んで、私はそう思った。

自分の気持ちと向き合い、考え、悩む人たちの姿をノートの中に見て、「自分だけじゃない」と思えたのだろう。私設図書館をきっかけに、私は自分の住む街のことが少しずつ好きになった。

私設図書館を訪れる人の目的はそれぞれで、目指すものも違う。何をしようかと悩んでいたり、自分が立ち止まりの最中にいると思っている人だっているだろう。行き先は人によってバラバラだ。でも、この場所を訪れる間、長い人生から見れば一瞬のようなその時間に、一人ひとりの物語は交差している。

 

●DATA
私設図書館
住所:京都府京都市左京区浄土寺西田町74
(京都市バス 「銀閣寺道」バス停より徒歩2分ほど)
電話:075-771-4957
開館時間:平日12時~24時、土・日・祝日9時~24時
休館日:第3金曜日
HP:http://shisetsu.life.coocan.jp/

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writerWRITERこの記事の作者
衣笠美春

この記事を書いたひと 衣笠美春

フリーライター。 インタビューが好きです。 2017年3月にインタビューの個展「ここにあるもの」を開催。 ご連絡は、お問い合わせからお願いします。
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