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たくさんのひとりが集う場所(1)

―― あなたの住む街に、出会いたかった人、はいますか?

 

はじめまして。
フリーライターの衣笠です。

京都で暮らし始めてはや4年。
大学入学を機に引越してきたのが、気づいたら、この街に居ついていました。

新しい土地に、初めてのひとり暮らし。
誰ひとり知り合いのいない場所で、うまくやっていけるだろうか、と不安だったのがいつのまに。
「京都に帰ってきた」なんて思うようになったのだろう。

この街に会いたい人ができた。
好きな場所がふえた。

そうして少しずつ、見知らぬ景色は味方になっていった。自分がここで生活できているということ。ただそれだけのことが、どうしようもなく、うれしい。

遠い場所に憧れる気持ちもあるけど、ここではないどこかではなく、今いるこの場所で出会えるものを、見つけていきたい。

「もっと自分の住む街のことを知りたい」

そんな思いから、京都の気になる人や場所を訪ねることにしました。

第1回のインタビューは3回に分けてお届けします。

 

第1回
たくさんのひとりが集う場所(1)
(月と六ペンス 柴垣希好さん)

会いたい人と好きな場所がふえることで、今いるこの場所をもっと、好きになれるんじゃないだろうか。

「自分の住む街のことを知りたい」と思って始めたこの企画。京都の気になる人や場所を訪ねていきます。

 

(プロローグ) 逃げる。

 

京都に来て、もう4年になる。
最初は心細くて仕方がなかったのに、その感覚はもはや遠い。

今では、「ひとり暮らしサイコー」と心の中で叫びながら、こころゆくまでベッドでだらけてみたり、気が向けば適当に自炊をし、中途半端なできの煮物にも、満足している。

夜中に思いついたようにラーメンを食べに出かけたり、親の監視の目がなくなったのをいいことに、やりたい放題だ。

しばらくは、自由気ままなひとり暮らしを満喫したい、なんて願っているけど、4年目にしてなお、解決されていない問題がある。

「これ、どうしようもないなあ」

という夜が、時折やってくるのだ。不安やら孤独感やら、自分でも捉えようのない感情が押し寄せてくる夜がある。そんなとき、どうするのか。

友達と騒ぐ? ひとりでお酒でも飲む? 買い物で発散する?

その夜をどうやり過ごすのか。
これ、たくさんの人がぶつかったことのある問題だと思うのだけど、どうだろう。正しい対処法を教えてもらった記憶もなければ、いまだに、ベストな方法というのが分からない。

みんな、どうするんだろう?

わたしは、と自分の話に持ち込んでしまうと、ちょっと逃げる。
この日も、ああこれはやってくるぞ、という気配を感じ、自転車のペダルを、無心で漕いできたのだった。

 

重なるひとりの時間。

 

ビルの入り口に立ち、暗がりのなかを見上げると、遠くに小さなランプが灯っている。足元に気をつけながら、その灯をたよりに、階段を上っていく。ドアを照らす光のなかに、うっすらと文字が浮かぶ。

「月と六ペンス」

重たいドアを開くと、温かいオレンジ色の明かりに包まれる。香ばしい、コーヒーの匂い。

ここへ来るお客さんのほとんどは、ひとり客だ。みんな思い思いに、自分の時間を過ごしている。

考えごとをしているような人。手紙を書いている人。なかでも多いのは、本を読んでいる人だろう。
私も、座席の前に並ぶ本のなかから、一冊を手に取る。これらの本はすべて、店主の柴垣さんが若かりし頃に読んだものだという。

柴垣さんは、お客さんに話しかけることもなく、カウンターで注文が入ったコーヒーを淹れたり、本を読んでいたりする。

私は本を片手に、コーヒーを口にする。
ページの合間に、しおりが挟まれていた。誰かの私物と思われるもの。たぶん、しおりの持ち主は毎回、この席に座って少しずつ、この本を読み進めているのだろうと、知らない誰かの時間を感じた。

20時の閉店時間が近づくと、残っていたお客さんもそろそろと帰りだす。大学生と思しき男の子。OLさんだろうか、若い女の子。仕事帰りと思われる、スーツ姿の男性。

お会計を済ませる際に、みんなが一言二言、柴垣さんに話しかける。その声が、何だか嬉しそうだった。たぶん傍から見れば、私もあんな感じなのだろう。

また来よう。
帰り路、自転車を漕ぐペダルが、軽くなった気がした。逃げてきたつもりがどうしてだろう。ちゃんと前に進めているじゃないか、なんて思える。

ふと、柴垣さんの顔が頭に浮かんだ。
「あの人は、これまでどんなふうに働いてきたのだろう」
「何が積み重なって、あの空間はできたのか」
柴垣さんのお話を聞いてみたい。
そう思った。

 

対面。インタビューへ。

 

日曜日。月と六ペンスへ向かう。

ビルの入り口を前に、ペットボトルの水を飲み、気持ちを落ち着かせる。
こうしてインタビューをするのは好きだけど、全然慣れない。どんな話が聞けるのだろう、と楽しみな一方で、怖いという気持ちもつよい。

私は会話が下手だしコミュニケーション能力もないしと、自分に言い訳をしてしまう。

ちゃんと、うまくできるだろうか。
怖い。でも知りたい。

大丈夫、大丈夫と念じ、階段をのぼる。
ドアノブを回す手が汗ばむ。

お店は定休日ということもあり、お客さんはいなかった。カウンター越しに、柴垣さんの顔があらわれる。

「今日はよろしくお願いいたします」
挨拶をしたのち、促されて席につく。

コーヒーを淹れてくれるという柴垣さん。
休みの日に、こちらがインタビューをさせていただくというのに申し訳ないな、と思いながらも、顔がほころぶのが自分でも分かった。

朝、お店に来るのは初めてだった。
天気が曇りだということもあるだろうが、半分隠れた窓からは、射す陽が限られていて、朝でも中は薄暗かった。
誰もお客さんがいない店内。壁際に並ぶ本たちが、息をひそめている。
コーヒーを淹れる音。心が落ち着いていく。

「どうぞ」
柴垣さんは、二人分のコーヒーを手に、隣の席についた。

いただきます、とコーヒーをひと口飲み、私は、用意していた言葉を切り出した。

「月と六ペンスを始めるまでのお話を、聞かせていただけますか?」

 

つづき
たくさんのひとりが集う場所(2)

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writerWRITERこの記事の作者
衣笠美春

この記事を書いたひと 衣笠美春

フリーライター。 インタビューが好きです。 2017年3月にインタビューの個展「ここにあるもの」を開催。 ご連絡は、お問い合わせからお願いします。
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